無事です
なんとか私の周りは落ち着いてきました。
3月11日、私は仙台市の中心部で被災しました。いつ崩れだすかわからないと思ったけどバイト先のビルは亀裂だけで崩れることなく無事でした。
中心部から離れている実家に帰る術がなくなり翌日原付を借りて人生初の原付で実家まで走りました。(普通免許は持ってるよ)
町が死んでいてとても怖かったです。
開かないスーパーに並ぶ人の列が数百メートル続いている光景もとても怖かったです。
実家は無事でした。家族も無事でした。しかし食べ物がなかったです。
数日は食べ物と水と電気がない状況で怖かったですが、今も不足していますが少しずつ野菜等が町に入ってくるようになりました。やっとおちついてきました。もうすこし、もうすこし。
心配だったのは福島の海沿いのおじいちゃんとおばあちゃん。
おじいちゃんは震災の夜に亡くなりました。幸運にも火葬してもらえたようで、それだけで、もう心がいっぱいです。ありがとう。ちゃんと送ってくれてありがとう。
おばあちゃんがとても高齢なので心配だけどガソリンが不足していて迎えにいけない。なんとかまた合うまで元気でいてください。
私は本当に運がよかったんです。たまたま中心部にいて、情報をくれた人がたくさんいて。実家もどちらかといえば山なので。
実家は中心部から離れていて、電気だけで水道は4月、ガスはいつになるかわからない状況。毎日給水所通いだけど町内会が結束して平和です。早く水道とガスが復旧して、そして両親をお風呂に入れてあげたい。
バイト先が営業停止状態で今後働けるかわからないけどそれでもなんとかなると思います。元気で生きていけたらそれだけでなんとかなると思えます。
もっとつらい人はいっぱいいます。私はほんとうに恵まれています。そして今までどれだけ幸福だったか身にしみました。ごめんなさいと謝りたいくらいに幸福でした。
毎日テレビを見て津波の被害のひどい地域を見て祈るばかりです。早く、早く復旧しますように。ご飯が毎日食べれるようになりますように。あったかい部屋で眠れるようになりますように。
私は今日もできることをやろうと思います。
そして、実は13日にWEBショップをオープンする予定でしたが今となっては荷物を簡単に出せる状態ではないので、また、製作もできる状態ではないのでしばらくの間オープンを見送りとさせていただきます。申し訳ありません。




